ちゃんとした記事を書きたい


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「ちゃんとした記事を書きたい」

 

そう思ったのはたった今、2021年3月31日の0時42分。

(時と分を分けるためのコロンを入力する方法がわからなかったので、仕方なく漢字表記にした。)

 

深夜という時間帯は、どうしてこうも考え事が捗ってしまうのだろうか。

(ちなみに私は少なくとも7時間は寝ないと持たないタイプであるため、学校がある日は11時頃に就寝している。)

 

ブログ。自分の書いた記事を改めて読み返すと、胸のあたりがぞわぞわしてきて全身の皮膚が一枚めくれた様に感覚が過敏になる。

(脱皮したときはこんなふうに少し涼しくなるのかな、などと思う。話は逸れるが、この前初めてアニメというものを見た。最高、『けいおん!』。(トンちゃんの脱皮で思い出した))

 

本を読むのも好きではないし、言葉としてインプットする情報が少なすぎるのか、文章を書く能力が低い気がしてならない。

(唯一得意な現代文ですらこの程度。私の人生は一体どうなってしまうのだろうか?なにか一つでも縋りつけるものがあれば、なんとか立っていられるだろうに。)

 

それだけでなく、私には〚発想力〛も無いのだ。

(発想力に付いている括弧、可愛かったので使いたかった。こういう、線が二本になった英字(ℂ𝔸ℕ𝕄𝔸𝕂𝔼 𝕋𝕆𝕂𝕐𝕆←こんな感じ)で飾ったストーリーなどをInstagramに載せてみたいと先月位から思っているが、思ったよりタイミングがないため載せていない。)

 

(ちなみに私のInstagramには、つまんねえ自称ツイッタラーがするTweetのようなストーリーがたくさん載っていて、それらを戒めとしてまとめた「晒し首」というハイライトがある。)

 

思いついた大体の企画は何処かの人間が先に思いついているようなもので、残りの少しだけ面白い企画は、めんどくさがってゴロゴロしているうちに、もっと面白くしたような企画を、オモコロライターとかが、なんていうか、してしまう?企画をする?えー、企画を〜、企画を、してしまうのである。

(私も選手権したいなぁと思いついた企画は時々面白そうな物もあるが、友達がいないため記憶の底に押し込めている。)

 

エジソンの言葉に、

「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」

というものがあるらしいが、割合的には私も天才だと思う。

ただ、エジソンとかのは100がデケェ。


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私はひらめきも努力も少ないからちっせぇ。

(ちょっと画像サイズミスってしまったため、画像ガビガビで残念。でもそんなこともある。こういうのを直さない所、WATASHI☆POINT。)

 

この小さな円グラフを見た誰かは、これが悪いこと、悲しむべきことだと思うかもしれない。

 

だが、私は生きていく上で出来るだけ「恐怖」「悲しみ」「努力」の道を通らずに進みたいと思っているため、この天才の形が私のstyleなのだ。

(そういえば、エジソンに付ける敬称は何だろう。エジソン「さん」?「Mr.」エジソン?どちらかといえばMr.だろうか。最近はVaundyにハマっているが、Vaundyには「さん」?それとも「Mr.」? "私のstyle"って言葉、ぱっと見Vaundyっぽくない?)

 

いつかはいらすとやさんに私の似顔絵イラストを描いてほしい。

 

 

 

 

 

ところで、この記事はちゃんとした記事なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ちゃんとした記事を書きたい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(ちゃんとした記事を書きたい)

 

 

(完)